8歳からのお習字
私は小学校2年生から書道をやっています。
小さい頃は「お習字」と言っていたでしょうか。
習字は字を綺麗に書く為に習いに行くようなもので、
「書道」という概念に変わったのは、高校生の時でした。
高校では、音楽か美術か書道をとる授業がありました。
得意だった書道を選択。
書道のテキストには、中国の有名な書家?が書いた
作品が沢山載っていて、今までお稽古で習いに行って学んでいた、先生の書く字とは全く違っていました。
先生が書いている字だけが、綺麗に書く為の勉強じゃないんだって思った、高校1年生の春でした。
小さい頃から習っていた書道が嫌いになって…
今日、6月5日決めました!
「東京の書道の展覧会に出す!!!」
私は8歳の時から書道を習っています。同じ書道教室で25年お世話になりました。
(先生の名前はA先生とします。)
その書道教室で師範を取ったのが21歳。そのあとは大きな展覧会に出品したり、A先生の側でお手伝いをするようになりました。
A先生のお人柄も好きでした…
ほんとうに…
しかし…
ある日気付きました…。
「なんで私だけ??」
展覧会の前には、練成会という、出品する生徒が貸会場に集まり先生にご指導いただくという機会です。
先生というのは、A先生もですが、この書道教室や支部を束ねている本部から直々に会長さんが来られます。会長さんの指導が受けられるチャンス!
私は朝一で、貸会場の鍵を管理人さんからお借りして開けます。誰よりも早く行って、書き始めたかったからです!気合いも入っていました。
そして、皆さんが飲まれるお茶のお湯を沸かします。
お昼に頼まれていた、お寿司の手配の電話をします。
生徒のみなさんが次々と到着します。
お茶を入れます。
「さぁ!書こう!!」と思い、自分より大きな書道の紙の上をまたがり、書き始めます。
すると…
A先生「○○ちゃん(私)、お湯沸かして。」
A先生「○○ちゃん(私)、会費集めて。」
(気づけばお昼…)
手配していたお寿司を取りに行き、みなさんに配り…
A先生「○○先生(会長さん)のところの方が海に近いし、やっぱりあそこの方が美味しいよね。」
私「……」
午後からも同じような繰り返しで練成会は終わり。
「○○ちゃんいろいろありがとう。」沢山いた生徒さんの中でそう言ってくれたのは、お一人。
私も生徒なのに…
私ばかり、いろんな事押し付けられてしんどい…
もう嫌だ…
家に帰った私は泣き崩れました…
心配した両親は「もう辞めたら??」
でも…私から書道をとれば…
葛藤でした。書道は好き、生徒さんの中でも歳下の子もいて可愛い…みんなが悪いんじゃない…私が未熟なだけ…。25歳の私はひとりでその思いを押し殺しました…
それから約5年くらい、このような思いを抱いたまま同じ先生に習い続けました。
しかし…
この先生のある一言が、私のこの心の迷いを打ち消し決断させました。
A先生「○○ちゃん、師範取った時に硯をあげたでしょ?使ってるの?」
私「…??頂いてませんよ…」
A先生「それは、○○ちゃんが先生にお礼(お金)をしてないってことやね!怒 」
私「……??それは母が…」
A先生「先生そういうのはハッキリ覚えてるから!先輩から聞いてたはず!」
急に顔色を変えて、キツイ言葉を浴びせられました。
確かにお礼をするのは常識です。
師範を取ると、看板などお金もかかります。
ただ、私はまだ大学生でした。
未熟なことは分かっていましたが、書道関係の費用は高校生までは親が全て払ってくれていました。
大学生になってからは、アルバイトをして月謝や紙代、展覧会の出品料、お手本代など…自分で出せるようにはなっていました。
書道はお金がかかります。
そして、師範を取ると師範の免許の看板代などお金がかかることもわかっていました。そんな私を見て、母は師範の看板代と先生にと、お礼のお金まで包んでくれました。
お礼のお金は2・3万円だったと思います。
会長さんにもお支払いしました。
きっと先生の中の相場は10万円以上だったのでしょう…
私は母のその優しさ、師範を取ったことを喜んでくれて、何も言わずにお金を渡してくれたその笑顔……嬉しくて今でも忘れることが出来ないのに…。
決して裕福な家庭ではありませんでしたが、人並みに立派に育ててくれました。
尊敬する母の気持ち…
A先生にその気持ちを踏みにじられた思いでした…。
A先生には出来る限り尽くしてきたのに…
母もお中元、お歳暮を欠かさずしてくれていました…
私も、お誕生日や母の日に気持ち程ですがプレゼント
をしていました。
ただ、私が未熟だったのですね…
それから、気持ちは切れてしまいました。
お稽古に行っても、筆が持てない程震えるようになりました…
10万円程のお礼を先生に渡して、私はこの書道教室から離れることにしました。
とてもいい先生でした。
お稽古の終わりには、ご飯に連れて行ってくれたり、何かと気にもかけて下さっていた本当にいい先生です。
でも、これ以上一緒にいると嫌いになる…そう思いました。
それから私は、書道を離れました…
ポカンと心に穴はあきましたが、なぜかほっとしている自分がいました。
その後、やはり書道が気になり、実務書道(小筆を使い、熨斗、賞状など)のクラスがある学校を見つけて、通うようになりました。
そこは、事務局の方がいて、展覧会の時もややこしいお手伝いや、先生同士の派閥などもなく、先生のご指導も良く、4年が経ちました…。
以前習っていた書道は、芸術的(崩す字が多い)な書道でしたが、実務書道は全く別物で、崩さない楷書が書けなければ意味がありません。
先生方のご指導のお陰で、実務書道も少し上達しました!
毎年秋に、この学校の大きな展覧会があります。
東京で開催されるのですが、審査もあり厳しいです。出品料も少し高め……なんならレベルも高い…今まで逃げていました。
しかし、いろいろな思いを背負って筆を持ってきた私には、この東京での展覧会にチャレンジすることが新たな一歩を踏み出す為の「道」に感じました。
「希望の道です。」
私から書道をとれば、何も無くなる…
私は筆を持つことが、大好き!!
字を書いて人に喜んでもらいたい!!
小筆を生かしたお仕事も見つける事が出来ました!!
賞状も書けるようになりました。
今日まで迷っていましたが…
私は、大きな展覧会に出品することを決断しました!!
頑張れ私!!
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